K2の難易度は?|名前の由来や「非情の山」ともいわれる伝説級の難易度を徹底解説
出典:Getty images

こんにちは、山キャン情報室 管理人の亀太郎です。

標高が世界第二位のK2。

山好きの人なら、誰でも知っていると思いますが、そもそも「K2」って不思議な名前ですよね?

ここでは、そんな疑問に答えるべく、K2の難易度を調査し、名前の由来や「非情の山」ともいわれる伝説級の難易度を紹介します。





K2の難易度は?|名前の由来

K2(ケーツー)は、パキスタンの最高峰でカラコルム山脈の最高峰

標高は8,611mで、エベレストに次ぐ世界第2位の高さ

K2の「K」はカラコルムの「K」

K2の位置
出典:Wikipedia

K2という頭文字は「Karakorum No.2」。「カラコルム山脈測量番号2号」を意味する。

人里から遠く離れた奥地にあるため、19世紀末まではほとんど人々に存在を知られることもなく名前すら無し。

そのため、イギリス統治時代にインドの測量局が1856年からカラコルム山系の測量。

その中で、特に標高が高い山々にカラコルム(Karakorum) の頭文字「K」を取って順に、K1、 K2、 K3、,… と測量番号を付けた。

K2はその中のNo.2という番号をもらったという訳です。

昔は「ゴッドウィンオースティン」や「チョゴリ」とも

その後、英探検家の名前をとって「ゴッドウィンオースティン山 」 と呼ばれたこともあり。

チベット語系のバルティ語 で「大きい山」を意味する「チョゴリ」とも。

K2以外の山は新たに名前が付けられたが、K2だけは測量番号がそのまま山名に残ったそうです。

測量番号と山の名前

  • K1 → マッシャーブルム
  • K3 → ブロード・ピーク
  • K2 → K2のまま
  • K4 → ガッシャーブルムII峰
  • K5 → ガッシャーブルムI峰
  • K6 → バルティスタン・ピーク
  • K10 → サルトロカンリI峰
  • K11 → サルトロカンリII峰
  • K22 → サセルカンリI峰
  • K35 → マモストンカンリ

なぜ、K2だけK2として残ったか?

いろいろ調べましたが、K2のまま呼ばれるようになった理由はわかりませんでした

ただ、「ゴッドウィンオースティン山 」よりも「K2」の方が、響きもいいし、個人的には、K2のままでよかったのではないかと。



K2の難易度は?|死亡率26.8%の「非情の山」

K2に登る
出典:japaneseClass.jp

2012年でK2の登頂に成功した人数はわずか306名。その時点のエベレスト登頂者数は5656人なので、エベレストに比べて17分の1程度の人数

さらに、K2の死亡率は26.8%で、登山した人の4人に1人は命を落としています。

K2の攻略の困難さを物語っていますよね。

祖の難易度から、K2について書かれた書籍でも「非情の山」と呼ばれたそうです。

K2の難易度は?|K2はなぜ難易度が高いのか?

K2は中国側(北側)からアプローチするのは困難なため、ほとんどの登山者はパキスタン側からアプローチ。

登頂の難しさでは世界最高峰のエベレスト(標高8848m)よりもはるかに上で、世界一登ることが難しい山とも言われ、その理由は以下の3点。

  1. アプローチの困難さ
  2. 気象条件
  3. 急峻な山容による雪崩、滑落の危険性

その理由を掘り下げてみると、こんな感じです。

①アプローチの困難さ

K2まで歩く
出典:西遊旅行HP

K2にたどり着くには、氷河を1週間ほどかけて歩く必要あり。

そのため、K2を登るには多くの日数が必要となり、短くても3ヶ月は必要となってきます。

その生活の中心となるベースキャンプの標高は富士山3776mよりも高い5000m付近。

頭がクラクラしそう(笑)。

②気象条件

5~9月が雨季に当たり、9月中旬ごろから翌年の4月まで強い風が吹き徐々に厳しい寒さに変わります。

標高7000メートルより上では風の強さが時速60キロメートルに達することも珍しくなく、最低気温はマイナス50度を下回ることも。

そのため、8000メートル級の山で冬季登頂が成功していない山は現在K2だけ

最近でも、2018年にポーランドの登山隊が冬季での登頂を目指しましたが、断念したとのこと。

急峻な山容による雪崩、滑落の危険性

エベレストは1953年に初登頂が成功して以降、多くの人々がノウハウを蓄積して道を切り開いてきました。

一方、K2は一般的なルートでさえ、エベレストのバリエーションルートに匹敵するといわれています。

現在では、比較的安全と言われるルートも確保され、シェルパと呼ばれる経験豊かなガイドを付けることもでき、ガイドツアーもあるようです。

次に、その登頂の歴史を振り返ってみました。



K2の難易度は?|「非情の山」に挑戦した歴史

①初登頂

ヴァルテル・ボナッティ
出典:Wikipedia

K2は1892年に登頂への挑戦が始まったと記録されています。

しかし、初登頂は1954年で、半世紀以上もかけて挑戦し続けての成功だったとのこと。

初登頂は、 パキスタン側の南東稜ルートから大規模な登山隊でアプローチし、ボナッティ(上の写真)がその栄冠に

ただ、ボナッティに初登頂の栄誉を奪われることを阻止しようと隊員から「ボナッティは自分が登頂したいがため酸素を使ってしまい、自分たちは途中から酸素なしで頂上に達した」と嘘の報告をされることに。

その後、記録や写真が詳細に分析され、嘘がわかりボナッティの名誉は回復されたそうです。

そのドラマは映画にもなっていますので、良かったらどうぞ。

映画「K2 初登頂の真実(2012年製作)」

あらすじ:

1954年、イタリアのデジオ教授が最強のアルピニスト・チームを集結。

青年ボナッティは、初登頂への強い決意を固め、厳しいトレーニングを積み、最少年ながら遠征隊の一員に選ばれた。。。。

ボナッティに初登頂の偉業を奪われることを危惧したコンパニョーニは、ボナッティと合流する予定地よりも高い位置にキャンプを設け、妨害を企てる。

何も知らず、必死の思いで酸素ボンベを荷揚げしていたボナッティであったが、必死のビバーグを余儀なくされ、・・・K2登頂へ出発するのであった・・・。

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②初登頂後の歴史

K2をキャンプから望む
出典:Exploresweb

数多くドラマはあったようですが、その中から少し抜粋すると、

  • 日本隊は1977年に重広・中村・高塚らが登頂。
  • 2004年時点で、登頂に成功した女性登山家は5人のみ。ただ、その5人のうち3人が下山中に死亡し、残りの2人も他の8000メートル峰で遭難死
  • 2008年に登山隊一行が氷塊の崩落で11人が死亡し、K2史上最大規模の惨事といわれる。
  • 2009年に山頂からの滑降に挑戦したが、転倒して死亡。翌年に別の冒険家が挑戦するも登頂中に難所から滑落して死亡。遺体の回収も困難で、両親の希望もあり遺体はその場所に残された。

ホント、「非情の山」ともいわれる伝説級の難易度ですよね。

でも、なぜそんな山に挑戦するんでしょうか?




K2の難易度は?|そんな「非情の山」に、人は何故挑戦するのか?

登山家の佐々木理人さんのブログにそのヒントが書いてありました。

8,000mの世界は常に「死」と隣り合わせ。なぜそこまでしてでも登りたいのかと、聞かれると言い切ることはできません。

しかし、僕は「死は常に身近なもの」と思っています。それを過酷な環境に身を置くことによって意識を洗練させることができます。

危機的状況に置かれると、想像力や直感が研ぎ澄まされていくのです。

それは「生きる」という人間の根本を意識するからではないかと僕は考えています。

「危機的状況に置かれると、想像力や直感が研ぎ澄まされていく」って、レベルは全く違いますが、なんとなくわかるような気もしますよね。



まとめ

以上、K2の難易度を調査し、名前の由来や「非情の山」ともいわれる伝説級の難易度を紹介しましたが、いかがでしたか?

K2の難易度を知れば知るほど、人はなぜ山に登るんだろう、って思えてきます。

山に登る目的は人により異なるかとも思いますが、皆さんも、一度、自問自答してみたらよいかもしれません。

読んでいただきありがとうございます。